たれ目院長ブログ ~お医者様はいませんか?でとっさに考えること~

 

「この中にお医者さんはいますか?」新幹線で皮膚科医が思わずとった行動とは

ドラマではよく見るシーンですが、現実では全てのドクターがこのセリフを聞いて、「私は医者です」と積極的に名乗り出る気になるわけではありません。急病となった人の状況は全く不明で、ケガなのか病気なのか、はたまた何かでのどを詰まらせているのか、見てみないことにはわからず、さらに見たあとで、これは私の専門ではないので…、と言って断るわけにもいきません。病院の外ではドクターといえども道具も薬もなくてはたいしたことはできないのです。ましてや普段から救急診療に関っているドクターでなければあらゆる可能性の中から目の前の患者さんに起こっていることを診断していくことは非常に難しい作業となります。

冒頭の記事にもあるように、専門外であろうと名乗り出て適切な処置でなければ責任を問われる可能性もある、となるとさらにハードルが高くなります。ドラマにあるように、気胸と診断してペンを折って胸に突き立てて助ける、なんてカッコいいシーンは現実的にはほとんど見られないことでしょう。偏移が強くて明らかに気胸で心停止しそうな時にはできるかもしれませんが、もしも気胸ではなかったら?癒着があって肺を傷つけてしまったら?滅菌された道具で感染が酷くなってしまったら?そもそも医療器具ではないものであの厚い筋肉を上手に貫くことができるのか?もしうまくできたとしてもその後病院まで間に合うのか?もしも間に合わなければ自分のした行為によって致命的となったと指摘される可能性もあります。何もしなければそれだけで非難の対象となりそうですし。

と、色々考えると気軽に名乗り出るのが怖くなってきます。でも記事にある皮膚科ドクターは医師になったのは人を助けるためと名乗り出て、これからもそうすると仰ってます。医師たるものその気持ちが根底にあることが大事だと思います。私が研修の厳しい病院を選び、救急医療を学び、麻酔科医の修行を積んだのもやはり医師である以上は専門によらず基礎的な知識、技術を持っていたいと考えるためで、ドクターコールがあった時は勇気を持って名乗り出る準備はあると思っています。ただ、なぜか今までにドクターコールの場面には出会ったことはありません(^^;)

ドクターコールではないですが、それに近い場面はありました。その一つをちょっと紹介します。それは私が外科医をしていた病院で災害派遣医療チームDMATのリーダーをしていた頃、その資格研修のために神戸の施設へ出張に行っていました。研修後にホテルへ戻ろうとして海底トンネルを通ろうとしたとき、車が止まっていたので何事かと見てみると数台前で2台の車が大破していました。2台ともスポーツカーなのでどうやら競って走っていてスピンした様子。1台はフロントエンジンが落ちそうになるほど大破しており、事故直後なのでドライバーはまだ車内にいて意識朦朧としていました。ただ、事故現場の周りにはオイルが散乱しており、ガソリンの臭いはしないものの二次災害が発生するリスクもある危険な状態でした。

救急対応のACLS、BTLS、AMLSといった資格を持っていた私は状況判断し、要救助者を安全な場所へ移動する必要があると考えました。車のパーツが飛び散りオイルのため道路も滑りやすくなっていましたが、幸い、DMAT研修なので車の中には全装備一式が積まれており、すぐに装備を付けて車に向かい、何とかドアを開けてドライバーまでたどりつきました。ドアも変形して金属片が出ているので、装備が無ければ危険な状態だったといえます。ドライバーの意識をけがの状態を確認し、移動可能と判断したら社内から助け出して離れたところでまたしっかりと再診断します。この時、ドライバーは放心状態で震えており、ステアリングを握る手が固まっていてなかなか外せなかったのが記憶に残っています。

幸い、要救助者2人に骨折や重症となる所見はなく、安全な場所で安静にしているうちに警察と救急車がトンネル出口から駆け付けて到着したのであとはお任せしました。この時に強く感じたのが、医師といえども訓練していなくてはこんな状況で適切に対応するのは難しいだろうということ、そしてやはり道具、薬がないとできることが限られてしまうということ。病院であれば助かったのに、という状況を目の前にすることは大変な無念さを感じることでしょう。

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